
美容ライターとしてキャリアをスタートし、現在は美容家として活動する松田唯花(まつだゆいか)さん。
Instagramでは3.7万人以上のフォロワーを持っており、オンラインサロン「美LABO」を主宰するなど、美容と自己成長を軸に発信を続けています。
Luxe Glowは、夜の世界で活躍するキャバ嬢たちの美容を追い続けています。
唯花さんはナイトワークの世界ではありませんが、美容を武器に歩んできた女性。
女性として生まれたなら、どの世界であっても
“美しくありたい”
と願う気持ちは同じです。
今回ご登場いただく唯花さんもまた、その想いを体現してきた存在。
本記事はその歩みに迫る連載後編です。
安定を手放し美容業界へ飛び込んだ決断から、会社設立、そして「美LABO」誕生に至るまでの歩みを綴っていただきました。
前編では、美容家としての原点やこれまでの軌跡について語っていただいています。
まだご覧になっていない方は、ぜひ前編からお読みください。
第2の人生の転機。安定を手放し、美容業界へ

違和感を信じた、就活という選択
大学3年生の12月に就活が始まり、私はもう一度、自分の人生の方向を真剣に考えました。組織に入って経験を積み、社会の中でキャリアを築いていこうと友人たちが前のめりで就活をしだし、私もなんとなく髪を黒に染め、リクルートスーツを買って、就活を始めました。でも、心の中ではずっと違和感しかありませんでした。「企業に入りたいのか?」と聞かれても即答でYESと言えない。
唯一、サイバーエージェントだけは気になったので面接に挑みましたが、2回とも受けて2回とも落ちたのでますますやる気をなくし、結局就活は半年間やって、どこからも内定が無い状態で大学4年生の5月になっていました。
青山学院大学に入り、東京という環境に飛び込み、基準の高い人たちの中で過ごした時間は私の価値観を大きく変えていました。学内での活動、サロンモデルや赤文字系雑誌(20代女性向けのファッション・ビューティー誌)の読者モデル経験、美容の現場を間近で見てきたことで私は確信していました。
「美容は、人の人生を動かす力を持っている」と。
その気持ちから美容に関わる仕事をしたいと思っていましたが、就活はうまくいかない、内定はゼロ、周りの友人たちは大手企業にどんどん受かって次々と進路が決まり始めている。
そんな中で焦り、不安はもちろんありました。
でも、就活をしているときの自分の違和感がどうしても拭えず、就活を再開しませんでした。
関東に実家があったり身内がいたりするわけでもなかったので、どうにかして稼がないと家賃も光熱費も奨学金の返済もできないので絶体絶命でしたが、それでも違和感を重視しました。
“違和感=それまでの自分の経験や価値観による高精度なセンサー”です。
仕事でも恋愛でも人間関係でも全てに共通することですが、この“違和感”は軽視しない方が良いとこの実体験から確信し、今の生活にも活かされています。
地道な下積みと美容ライターとしての覚悟

結局、私は企業に就職せずにフリーの美容ライターとして美容業界に飛び込みました。
そのきっかけは、大学4年の5月、偶然SNSで見つけた「美容ライターのアシスタント募集」という投稿に応募したことでした。募集していたのは、当時すでに多くの有名雑誌で活躍していた女性の美容ライター。
大学でレポートを書くのも苦手で、文章を書くことに全く興味はなかったけど、「美容に関われる仕事なら」と興味本位で応募しました。
最初はすごく軽い気持ちだったけど、このときに応募していなかったら今の私は確実にいないので、“何か少しでも興味があることにはすぐに行動をうつす”をモットーにしていると人生をどんどん切り拓いていけると実感しています。
“美容ライター”と聞くと華やかな世界を想像するかもしれません。
でも実際は泥臭いことばかり。
始めから記事をいきなり書かせてもらえるわけではないので、アシスタントとしてコスメ返却をしたり、ラフ(完成前の原稿や誌面イメージ)を印刷したり、撮影に必要な買い出しに行ったり、最初の頃は雑用がメインでした。
アシスタント料だけでは東京で一人では生きていけなかったので、当時流行っていたキュレーションメディアで1か月に100本の記事を書かせてもらい、なんとか生計を立てました。
毎日卒業論文を書いているような感覚で、お金もなく贅沢もできなかったので、24時間営業のマクドナルドかサイゼリアにこもって記事をひたすら執筆しました。
雑用を続けていくうちに雑誌のライティングを少しずつさせてもらえるようになり、編集部に寝泊まりしてリサーチ、執筆、原稿チェック、校正をしました。2日連続徹夜みたいなこともザラで、生きることに必死すぎて正直この頃の記憶はあまりありません(笑)。
美容業界に飛び込んだ後、
「好きなことは仕事にしない方がいい」
と言う人の気持ちも分からなくないと思いました。
やっぱり見たくない部分も見てしまうし、楽しいことばかりじゃなく大変なことや辛いこともたくさんあるからです。例えばプロボクサーが試合に勝つためには、過酷な練習や厳しい減量を乗り越えなければならないように。
好きなことをやり続けたり、目標を達成したいのであれば、面倒なことや大変なこともやらなきゃいけないものだと思います。キラキラして見える裏側には必ず見えない努力、泥臭い作業がある。ちなみにこれは現代のSNSでも言えることです。
無名からの逆算戦略。SNSで道を切り拓く

実績もない、名前も知られていなかった私。
でもなんとかして東京で一人だけで生きていくためには稼ぎ続けなければいけない。美容ライターとして一人前にならなければいけない。仕事を途絶えさせてはいけない。じゃあ、無名の実績のない自分がどうしたら良いか?と目標から逆算して考えた先に「SNSを頑張ろう」となりました。
自分の名前が知られるようになったら、自分が書いた記事を多くの人が読んでくれてアクセス数が増えて、そしたらもっと記事を書かせてもらえるかもしれないし、単価も上がるかもしれないと思いました。
そこで始めたのがX(旧Twitter)です。
大学時代に登録はしていたものの発信は全然していなかったので、発信を習慣化。トレンドを分析して新作コスメや美容法を試し、オリジナルのハッシュタグを作って発信することを毎日欠かさず行いました。
するといくつかの投稿がバズってフォロワー2万人以上になったくらいの頃、メディア出演のお話をいただきました。

今までは自分が美容ライターとして取材をする側だったのに、取材をされる側になってすごく新鮮な気持ちだったことを今でも鮮明に覚えています。
そこで、取材をしてくれた編集さんに
「肩書きは美容ライターだけじゃなくて美容家って入れた方がいいね」
と言っていただいたのをきっかけに、2017年頃から美容家という肩書きが加わりました。
SNSを本気で続けるようになってから、人生のスピードは一気に加速しました。フォロワーが増え、投稿が拡散され、多くのメディアに呼んでいただけるようになり、世界が広がっていく感覚がありました。それまでは媒体の中にいる美容ライターの一人として仕事をしていたけど、“自分の名前”で仕事が動くようになっていきました。
でもこれは当時も今でもそうですが、裏側は決してキラキラした瞬間だけではありません。
イイネやコメントをもらうとさらにモチベが上がる、投稿が伸びれば嬉しい、伸びなければ落ち込む、フォロワーが減れば不安になる。一喜一憂させられます。
アンチも出てきて「消えろ」「ブス」など心無い言葉を浴びせられることもあります。
よく“有名税”と言われますが、発信している側も一人の人間です。誹謗中傷や一喜一憂させられるSNSに病んで、発信をやめてしまう友人も何人も見てきました。それでも私がSNSをやめなかったのは、投稿した先に “人”がいると実感していたからです。
「おすすめしたコスメを使ったら肌がすごくキレイになりました」
「メイクを真似したら彼氏から可愛いって褒められました」
「自分のことを大切にできるようになりました」
「友達から垢抜けたって言われました」
こんな言葉をコメントやDMでいただくたびにそれが活力になって、辛いことも大変なこともあるけど発信をやめないで良かったと思えるし、これからも誰かの人生を前向きにする発信をしていきたいと思っています。
そんな発信を続ける中で、ある想いが芽生えてきました。
「SNSのフォロワーさんと、もっと深く関わりたい」
という気持ちです。
SNSは広く届けられるけれど、深く伴走することは難しい。直接会ったり話したり、コミュニケーションを取れる場所が欲しい。一つの投稿で人生が変わることもあるけれど、継続的に基準を引き上げるには、学生の頃の私が体験したように“環境”と“周りの人”が必要だと感じていました。
そこで訪れたのが、第3の人生の転機です。
第3の人生の転機。会社設立、美容も仕事もチーム戦

個人事業主として10年ほど活動して感じたことは、個人事業主は自由で、身軽で、スピード感があります。
でもそのぶん、すべてが自分の肩にかかる。自分の時間、能力だけで仕事をこなしていくことに限界を感じました。
「もっと多くの女性の人生に関わりたい」
「もっと大きな影響力を持ちたい」
そのためには個人の枠を超える必要があると思い、2023年に法人化しました。
個人で活動するよりも責任が増えたり、自分の判断がチームの未来を決めたり、自分の言葉が誰かのキャリアに影響したりするので、もちろん怖さもありました。でも、静岡から一人上京したこと、青山学院大学に編入学したこと、就職せずにいきなりフリーランスになったことなど、これまで何度もコンフォートゾーンを抜けてきて人生を切り拓いてきた。
とにかく「えいや!」と飛び込んで、その後に考えればいい。考えても分からないことは仕方ないからとにかく行動が先。
コンフォートゾーンを抜けないと成長は絶対にできません。
まさに習うより慣れろで、税金のことも法人としてどう動くかも右も左も何も分からず、日々学びながら業務委託のメンバーやパートナーと協業し、チームで仕事をするようになったことで、個人事業主時代にはできなかった規模の仕事ができるようになり、視座も一段と上がりました。自分の強みを最大化し、自分の弱みは誰かの強みで補ってプロジェクトを進行しています。「早く行きたければ一人で行け、遠くへ行きたければみんなで行け」という有名な言葉を法人化してから毎日実感しています。
それは美容も同じ。「美容は一人でやるのではなく、チーム戦」と何度もSNSでこれまで発信しています。
そして、その思想の延長線上に2024年3月に生まれたのがオンラインサロン「美LABO」です。
みんなで一緒に美を磨くサード・プレイス「美LABO」

美容は一人でやると遠回りになります。
情報は溢れているのに、自分に合っているものは何かわからない。自己流で試して、合わないものを使ってしまったときには肌荒れして落ち込み、お金も時間もエネルギーも消費して疲れて、諦めてしまう。
世の中にそんな女性が多くいることにもどかしさと悔しさを感じていました。過去の私もそうでしたが、幸いなことに大学時代、基準の高い人たちの中に身を置いたことで自分の意識が一気に引き上げられた経験があります。
人は”環境”と“周りの人”で変わります。人生の9割はこれで決まるといっても過言ではないと思っています。
だから私は、“環境そのもの”を作り、「もっとキレイになりたい」という共通目標を持った美容意識の高い人たち同士でコミュニケーションが取れる「美LABO」を作りました。

「美LABO」は外見を整えるだけの場所ではありません。
本気で垢抜けたい女性が集まり、情報交換をし、刺激しあい、成功事例を共有し、基準を引き上げ合う場所です。
職場や学校、今までのコミュニティとはまた違うサード・プレイスとして存在しています。
私は、美容でキレイになることはゴールのようで実はゴールではなく、人生において手段だと思っています。外見を整えることは入口。その先にあるのは、精神的自立、金銭的自立、自信、そして自分の人生を自分で選ぶ力を持てることです。
私はいくつもの仕事をしていますが、「美LABO」を最も力を入れて活動しています。なぜならここにこそ私の思想が詰まっているからです。
美容を通して人生を丸ごと垢抜けさせ、「このくらいでいい」とどこかでブレーキをかけている女性が「もっと上にいける」と思えるようにしていきたい。
そのためには私自身がロールモデルとして、自分自身を更新し続けます。
そして「美LABO」を通して基準を上げ続け、さらにキレイになる女性を増やしていきます。
次回の記事からは、美の先駆者であるキャバ嬢の方々との対談や、最新のコスメや美容について書いていきます。
読者の方々がこの記事を機に、「もっとキレイになりたい」というモチベーションが上がったり、何かを挑戦する気持ちが高まったりしたら嬉しいです。

今回の唯花さんのストーリーからは、安定を手放し、自らの選択で道を切り拓いてきた唯花さんの行動力と覚悟が伝わってきましたね

唯花さんの挑戦は、まだまだ広がっていきそう!

今後の展開にも期待が高まりますね…♡

Luxe Glowでは今後も、唯花さんに、美容を通して基準を引き上げるヒントや、第一線で活躍する女性たちとの対談、最新の美容トレンドなどを綴っていただく予定です。
次回の記事もぜひお楽しみに!

松田唯花-まつだゆいか
現・美容家。美容ライターとしてVOCEやananで執筆をした。日本メイクアップ技術検定1級、CSCA認定16タイプ・パーソナルカラーアナリスト、CSCA認定骨格分析パーソナルスタイリスト、顔タイプ診断、スキンケアアドバイザー、ハリウッドブロウリフト、公認フェムテックマイスターTMなどの美容資格を所有。
自身のサロンやイベントを通じ、これまで述べ1000人以上にメイクや美容法をレクチャー。テレビや美容誌、WEBメディアに多数出演。2024年3月にオンラインサロン「美LABO」をオープンした。

